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News


Column#26 - 育まれる時間と整っていく体 - 古民家での暮らし、一年を経て。
海辺から山辺に引っ越して、まもなく一年が経ちます。 ようやく平屋の古民家の生活環境にも慣れ、周辺環境にも慣れ、引っ越したことの意味を感じたり考えたりしています。 引っ越しの決め手となった小さな庭の柚子の木は、ゆっくりと季節を巡り、この冬、数百個の実をつけてくれました。 その庭にはリスや小鳥が日々通り過ぎたり、立ち止まったり、ときには窓越しに彼らと目が合うこともあります。その一瞬に、思わず小さく笑ってしまうことも。 草花の色の移ろいや、わずかな成長の違いを眺めることも、いつのまにか日常になりました。 そうした小さくて、けれど確かな変化に気づけること。それ自体が、以前の自分にはなかった感覚のように思え、静かな悦びを感じています。土に触れ、芽吹きを待つ時間。思い描いていた家庭菜園は、まだ試行錯誤の途中ではありますが、その不完全さも含めて、この暮らしの一部になりつつあります。 静かな山辺での暮らしは、慌ただしい日常からほんの少し距離を取り、朝も昼も夜も、自分の呼吸に意識を向ける時間を与えてくれました。以前感じていた重さや、言葉にしづらい鬱々とした感覚も、
3月21日


Column#25 - ライブラリー「逢声 aisei」に寄せて - たった一つの声に出逢うための空間づくり
この春、ギャラリーの展示空間の隣りに、もうひとつの小さなギャラリーのような、ライブラリー を設けることにした。ギャラリー空間と壁一枚を隔て、それらの役割は少々、異なる。私は活字に囲まれては暮らさない。けれどだからこそ、本や音が“適切な距離”で存在できる場所をつくりたかった。その意図について今回のコラムでは綴りたいと思います。 逢声に寄せて ――― アートギャラリーが「見る」場所だとすれば、「逢声 aisei」は「聴く」ための場所かもしれない。ここで言う“聴く”とは、耳で音を拾うこと以上に、内側の揺動に気づくということ。 私たちはしばしば、その揺動を言語化できずに胸の奥に沈め不和を抱いている。しかし見方を変えればそれは、小さな希望のようなもの。その輪郭に、静かに触れるための違和感なのである。その不和や違和を見過ごさないでいたいとおもう。 実のところ、前述したとおり私は活字に囲まれて暮らす人間ではない。自宅に本棚はなく、本もほとんど置いていない。活字に満ちたプライベート空間というものが、どうにも落ち着かない。本はときに、静かな圧力を持つ。読まなければ
3月2日


COLUMN#24 / 幸せの置き場 ― 外か、内か、語られない満ち足りの行方
先日、インスタグラムで「家族がごはんをつくって待っていてくれる、とても幸せ」といった、ありふれた投稿を目にした。特別な出来事ではない。日常のなかにある、よく知られた光景だ。それでも、その一文はなぜか心に引っかかり、しばらく頭から離れなかった。そこに悪意はない。むしろ、穏やかで、あたたかく、誰もが頷ける幸福の形だ。 だからこそ、その言葉が流れていく様子を眺めながら、私は立ち止まってしまった。なぜこの感情は、いま言葉にされ、外に置かれなければならなかったのだろうか、と。 その投稿を見て傷つく人がいるかもしれない、という話ではない。そうした想像を持つ以前に、もっと個人的で、説明しきれない違和感が先にあった。感じられているはずの幸せが「幸せです」という言葉に回収される、その一瞬のあいだに、何かが置き去りにされているような気がしたのだ。 家族がいて、食事が用意されている。その事実そのものよりも、それを言葉にし、文字に起こし共有するという行為が、私の思考を促した。幸せは、心にとどめるだけでは足りないのか。語られなければ、存在できないものなのか。そうした問いが
1月14日


COLUMN#23 / 逢声 aisei ― 感性と知性が交わる、もうひとつのギャラリー
コラム#23は来年の春頃、HUG FOR_. の展示スペースに隣接する小さな部屋にひっそりと構えることにした、「逢声 -aisei-」についてお伝えするものです。 これまでインスタグラムのストーリーズで、本や音に対して、飾り気のない心情や価値観を気まぐれに掲げてきました。それに静かに受け取り関心を寄せてくださる方が増えてきたいま、その流れと、長く持て余していたこの小さな空間がをようやく結びつけることができました。 「逢声」は、本屋やレコードショップのように「物を売る」ということを目的にするよりも、飽くなき探求と概念に出逢う場として設けます。ここでは、時代を越えて残された作家たちの言葉=「声」や、音を通じて私たちに「声」を届けと音に出逢い、言葉、気持ち、音、空間といった、私たちの内側と外側をつなぐ要素を静かにペアリングし、他者ではなく、自分自身と静かに内省するための、もうひとつのギャラリーです。 それは、これまで積み重ねてきたアートギャラリーとゆるやかにつながり、そこへの経路になるような場所でもあります。 私たちがもどかしさを感じるとき、気持ちに靄
2025年12月15日


COLUMN#20 - 夜の帳。記憶は忘れるための祈り、想像は祈りを呼び戻すために。
10月。曇りのち、雨。奈良。夜。 ピアニスト横山起朗さんのライヴツアー「SHE WAS THE SEA」。 ツアータイトルにもなっている「SHE WAS THE SEA」という曲は、“記憶”の曲だった。 ピアノのそばに映し出された写真家 山口明宏さんの映像は、海のようでいて、海ではなかった。 寄せては返し、沈んでは浮かび、光っては陰るその光景は、記憶そのものだった。 このコラムでは、音と映像のある空間体験と、日々自身が巡らせる事柄の重なりを通して、その瞬間の素直な気持ち、そして少しの時間を経た気持ちの変容を綴りたい。 - 「SHE WAS THE SEA」は、誰かと別れても、不在ではなく、海に在ることを想って作った曲だと、横山さんは話していた。 率直に、記憶に対して優しい捉え方だと思った。記憶が単なる過去のものではなく、現在進行形で感情や存在を抱き続ける場所として、海を選んでいた。不在を肯定してくれる。 他方で、記憶とは、薄情なものだと常々思う。 しかし、時に人を優しく包みこみ、勇気をくれるものでもある。 だから私たちは、好きな人や美しい出来事の
2025年10月7日


COLUMN#19 - 花火の憂鬱。 静かに祈り去る夜は。
夜空に咲く一瞬の光。そのきらめきを美しいと思えない人がいる。私だ。 毎年夏になると、街は花火の音で賑わい、多くの人がその美しさに心を奪われ、夏の風物詩を楽しむ。 でも、私にとって花火の音は決して心地よいものではない。むしろ、身体が強く拒絶反応を示し心がざわつく。...
2025年7月13日


COLUMN#18 - ありふれた、どこにもない場。時間をたわませる種と蘇り。
二人は信じる 求める気持ちが出会わせたのだと 信じ合う心は美しい でも 揺れ動く心は もっと美しい (ヴィスワヴァ・シンボルスカ「恋」より) 私が大好きな絵本『君のいる場所』。 人と人、季節の巡りや、停止と再開。 そんなことを考えたいときに手にしています。...
2025年7月7日


COLUMN#17 - Art in Life and Society -遠くて近い、美の形と安寧。
──────────── こんにちは。 紫陽花が美しく咲き誇り、梅雨空が静かに街を包む季節となりました。日々の湿り気の中に、季節の移ろいを感じる今日この頃。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。 さて今回のコラムでは、前回取り上げたフォークアートに続き、ファインアートについて綴る予定でしたが、現在開催中の庄島歩音さんの展覧会「あける」や、次回の展示「ふれること、のこるもの。」にまつわるやりとりの中で、多くの方が関心を寄せてくださったテーマがありました。 それは、「生活の中にある芸術」という視点です。 HUG FOR_.が大切にしているのも「社会と暮らし、両方に寄り添うアートのあり方」。そこで今回は、ファインアートの定義や制度的側面から少し離れて、「日々の暮らしと社会の中で、アートがどのように息づいているか」を考えてみたいと思います。これはギャラリーとして探求し続けているテーマでもあり、今回はその序章として綴ってみます。よろしければお付き合いください。 さて、そもそもアートとは本来どのようなものだったのでしょうか。皆さまにとってアートとはどんな存在でし
2025年6月14日


COLUMN#16 - 美しさのしるし。美は暮らしの中に — フォークアートの優しい手ざわり
──────────── 「誰もみな善い美しいものを見たときに、自分もまた善くならなければならないと考へる貴重な反省。 最も秀れた精神に根ざしたものは、人心の内奥から涙を誘ひ洗ひ清めるのである。」/ 北原白秋 白秋のこの言葉を読むたびに、「美」に触れることの本当の意味を思い...
2025年5月18日


COLUMN#15 - 静かな海に、種をまく-光降る場所と私に還る物語りのために
それは、静かな入り江の底に沈んでいた、小さな種のよう 海の水は冷たく、時には濁り、波がその種を遠くへさらってしまいそうになることもありました けれどその種は、じっと、そこで時を待っていた 嵐が過ぎ、潮が引き、陽の光がようやく差し込んだとき、誰にも見られず、声もあげず、それでも確かに、その種は芽を出しました 怒りも、痛みも、祈りも すべてをこの胸に抱えたまま、静かに芽吹いたこの種が、やがて波間を渡り、 失くさぬようにあなたに届くことを願って / Aoe, E.Okuyama こんにちは。早いもので間もなく五月。手帳のページには夏、秋、冬、そして来年の予定までが少しずつ埋まり始め、時の流れの速さをまざまざと感じていますが皆さま、いかがお過ごしでしょうか。 さて、先日1周年を迎えたコラムの第15稿目は、少し長くなってしまうかもしれませんが、私にとってはとても大切なご報告の回となります。 2024年の1月頃からぼんやりと構想を温め、そして1年以上の時間をかけて、ようやく輪郭が見えてきたいま、「Arts and Creative Studio...
2025年4月24日


COLUMN#14 - 住まいを移す。海を背に、山へと歩む、築50年の古民家にて。
こんにちは。 この春、鎌倉の海がほど近く、観光地のエリアに位置していた住まいから、鎌倉のとても静かなエリアに引っ越すことになりました。今日はそのことについて、少し綴りたいと思います。 鎌倉との出会い、海辺の暮らしの魅力 私は5年前「生活環境を変えたい」という理由で、何の脈絡...
2025年3月29日


COLUMN#13 - 生者と死者がつながる時。- 記憶と未来をつなぐ音との出会いを求めて。
亡き人を想うとき、私たちは何を受け取っているのだろうか。 ふとした瞬間、何気なく目を向けた先に、かつて親しかった人の姿や面影が幻のように感じることがある。 錯覚だと理解していても、心の中ではその人と対話しているような感覚に陥るのはなぜなのだろうか。 ここ最近は、生前に親しかった故人を思い出すことが増えた。 日常の中で、意識せずとも記憶が呼び起こされることがある。 そのきっかけの多くは、音、音楽。 例えば、カフェのスピーカーから流れてくる曲。初めて聴くはずのメロディが、記憶の中の何かと溶け合い、懐かしさを超えた特別な意味を持ちはじめることがある。 また、演奏会でふと心に触れる一曲が、故人の存在をそっと呼び戻すこともある。 その瞬間、私は静かにその訪れを察知し心の中で故人との対話を始める。 その時間は、単なる寂しさや感傷ではない。 涙が出ることはあるが、それは冷静で穏やかであり、故人がこの世にいないという現実を確かめながらも、過去に交わした会話や共に過ごした時間を再び辿っている"しるし" 。 そんな風に、知らず知らずのうちにその時間に遭遇し記憶を馳せ
2025年3月2日


COLUMN#12 - エンディアリング。北欧 デンマークで過ごした、尊く愛しき日々。
こんにちは。2025年になって初のコラムです。 つい先日、ある人との会話をきっかけに思い起こされた私がデンマークで過ごした日々。本日のコラムは、デンマークでの福祉に関係する体験についてシェアさせていただこうと思います。福祉に関わらず、アートや音楽、教育など、日常的に関わって...
2025年1月21日


COLUMN#11 - いくつかの小さなルールと"15の約束" 。まるで静かな対話のようなコラムを目指して。
いくつかの小さなルールと"15の約束" 。まるで静かな対話のようなコラムを目指して。
2024年12月6日


COLUMN#10 -今、自由を抱きしめて。- 鎌倉 地下道の展示とヴァージニア・ウルフに想いを馳せた夜
Prologue HUG FOR_. が鎌倉でスタートを切ったのが2022年12月4日。早いもので1年と11カ月が過ぎました。縁もゆかりも薄い土地でのチャレンジは、鎌倉がもつ刻まれた歴史、新と旧が共存する文化、豊かな自然、季節と共に過ごす時間、魅力溢れる人々と、挙げ切れな...
2024年11月24日


COLUMN#9 - 秋の夜長にて - ガラスでつながる遠くの記憶とぬくもり。
Prologue HUG FOR_. が鎌倉でスタートを切ったのが2022年12月4日。早いもので1年と10カ月が過ぎました。縁もゆかりも薄い土地でのチャレンジは、鎌倉がもつ刻まれた歴史、新と旧が共存する文化、豊かな自然、季節と共に過ごす時間、魅力溢れる人々と多くの恩恵を...
2024年10月18日


COLUMN#8 - 学びとアート。 -いつかの理想はゆるやかに現実として広がる。
Prologue HUG FOR_. が鎌倉でスタートを切ったのが2022年12月4日。早いもので1年と8カ月が過ぎました。縁もゆかりも薄い土地でのチャレンジは、鎌倉がもつ刻まれた歴史、新と旧が共存する文化、豊かな自然、季節と共に過ごす時間、魅力溢れる人々と、挙げ切れない...
2024年9月18日


COLUMN#7 - 暑中お見舞い申し上げます。盛夏の近況 - 夢想にふける夏の旅
Prologue HUG FOR_. が鎌倉でスタートを切ったのが2022年12月4日。早いもので1年と7カ月が過ぎました。縁もゆかりも薄い土地でのチャレンジは、鎌倉がもつ刻まれた歴史、新と旧が共存する文化、豊かな自然、季節と共に過ごす時間、魅力溢れる人々と、挙げ切れない...
2024年8月6日


COLUMN#6 - 夏の " y a k a i " - 眠りの前のリトリート。
Prologue HUG FOR_. が鎌倉でスタートを切ったのが2022年12月4日。早いもので1年と6カ月が過ぎました。縁もゆかりも薄い土地でのチャレンジは、鎌倉がもつ刻まれた歴史、新と旧が共存する文化、豊かな自然、季節と共に過ごす時間、魅力溢れる人々と、挙げ切れない...
2024年6月29日


COLUMN#5 - 日長きこと至る(きわまる)- 日と海と帆と、夏のはじめ。
Prologue HUG FOR_. が鎌倉でスタートを切ったのが2022年12月4日。早いもので1年と4カ月が過ぎました。縁もゆかりも薄い土地でのチャレンジは、鎌倉がもつ刻まれた歴史、新と旧が共存する文化、豊かな自然、季節と共に過ごす時間、魅力溢れる人々と、挙げ切れないく...
2024年6月20日
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