Column#28 - 気づかない愛のかたち。- シェル・シルヴァスタイン(著) / 村上 春樹 (訳)『おおきな木』 を読んで。
- 5月4日
- 読了時間: 5分
更新日:2 日前
先日、一冊の絵本を知人からプレゼントしていただいた。受け取ったあと、大人になってから本を贈り合うという行為に、どこかひそやかなロマンみたいなもの感じた。そこには言葉にしきれない想いや、まだかたちにならない感情を、直接ではなくひとつの物語に託して差し出す。その遠回りのやり取りに、贈り物としての本の存在の本質がそこに折りたたんであるように思った。今日はたった一冊の本を通じて感じたことを辿り、綴りたいと思います。

本を贈ること
本を誰かに贈るとき、「これを読んでほしい」と言いながら、ほんとうは別の何かを手渡しているのではないだろうか。たとえば、うまく説明できない感覚、あるいは自分の内側でまだ整理のつかない問い。その断片を本という器にそっと預ける。受け取る側は、それをそのまま受け取る必要はなく、ただページをめくる時間のなかでゆっくりと自分のものとして編み直していくのだと、本を手にしたとき考えた。
おおきな木
この物語はしばしば、無償の愛の象徴として語られる。与え続ける木と、受け取り続ける少年。単純化すれば、まるで母と子のような、それは美しい献身のかたちとして理解されるだろう。けれども、読み進めるうちにその関係は次第に揺らぎはじめた。
木は疑うことなく与え、少年は躊躇なく受け取る。そこには葛藤も対話もなく、ただそのやり取りと時間、変わらぬ関係性だけが淡々と流れていく。やがて少年は成長し、遠くへと離れ、必要なときにだけ戻ってくる。そのたびに彼は何かを求め、木はそれに応じて自らを差し出していく。枝を、幹を、そして最後には自分自身のほとんどすべてを。
この一方通行にも見える関係は、読み進めていくうちにどこか小さな違和感が生まれる。それは、善悪の問題ではなく関係のかたちそのものに対する、微かな問いだった。わたしが興味深く思ったのは、少年が何度も木のもとへ戻ってくること。彼は与えることをしない。そして、最後にはまた木の場所へ帰り着く。この反復は、単なる利己的な行為として片付けるには、わずかな温度を含んでいる。もしかするとそこには、本人すら気づかない愛情がここにはあるのかもしれないと思った。いや、ある意味では戻ってくること自体が彼から木に何かを与えているのかもしれない。
言葉として自覚されることはなくても、身体のどこかに残り続ける記憶。安心や親しさ、あるいは「そこにいてよい、いつでも戻ってきてもよい」という承認のような感覚。それらが、彼を木のもとへと引き戻している。けれども、その愛は木のそれとは異なる。木が「与えること」で愛を表すのに対し、少年は「戻ること」でしかそれを示せない。ふたつの愛は同じ場所にありながら決して重なり合うことはなく、時間のなかで静かにずれていく。
このずれは、私たちの日常にも通じている。人はそれぞれ異なる速度で変化し、異なる方法で誰かを想う。ある人にとってのやさしさが、別の誰かにはそう見えないこともある。関係とはしばしば、こうした見えない差異の上に成り立っているといえる。
だからこそ、この物語に漂う悲しみや慈しみは、激しい衝突から生まれるものではなく、むしろ互いを否定することもなく、ただ関係が続いていくなかでゆっくりと深まっていく。少年の気づかれないままの愛と疑われることのない木の献身。そのあいだに横たわる沈黙。
最後の、長い時間が流れていつの間にか老いた少年が切り株に腰を下ろす場面。
そこには安らぎがあるようにも見えるし、取り返しのつかなさが滲んでいるようにも感じられる。どちらの読みも、この物語の中では同時に成り立っている。そして良くも悪くも、木の気持ちも、少年の気持ちも身に覚えがあり、その記憶がいまの自分を静かに照らしているようにも思う。
もしこの本を私が誰かに贈るとき、何を手渡そうとするだろうか。
この物語の「やさしさ」か。それとも「すれ違い」か。あるいは、答えの出ない関係を抱えたまま生きていく切ない「リアリティ」か、深い「愛」か。
明確なメッセージはわからないまま、あっという間に物語りは終わった。だから私は、ページの行間に、言葉と言葉のあわいに、まだ言葉にならなかった何かを探すようにこの本を何度も開いて読み返した。
当コラムは月に1-2回程度、ギャラリーに関連する活動を軸に執筆しています。お気楽にお読みいただけますと幸いです。
文、写真:HUG FOR_. Eriko.O
Eriko OKUYAMA

大学卒業後、民間企業や外郭団体での勤務を経て、2016年からアート業界に転身。主に銀座、六本木、白金台、天王洲など都内の現代アートギャラリーにて展覧会の企画運営マネジメント、プロジェクトマネジメント、アーティストマネジメント、パブリックスペースのアートコーディネーションに従事。ライフワークとしては、芸術の社会的な役割を模索しながら障がいのあるアーティストの展示企画や実践研究に取り組んできました。鎌倉に移住後、地域交流や豊かな自然によって心身と暮らしが満たされていく実感と共に、改めて芸術の在り方そのものを再解釈し、自身とアーティストの自己実現へのチャレンジ、そして人々が真の幸福に向かう思考と体験を共有する場を創りたいという想いのもと、2022年12月にHUG FOR _ . を開業しました。
ギャラリーとして作品を販売し、運営を持続させていくことと、芸術が社会や人に対してどのように貢献し循環させることができるか、事業性と社会性の両輪の視点をもって活動をし続けています。ギャラリーやアートは、暮らしや私たちの内面にとても近い存在であると考えています。難しく考えずにお気軽に足をお運びください。
・筑波大学大学院 博士前期課程 人間総合科学研究科芸術支援領域 修了
・修士論文「共生社会の実現に向けたアートを通した交流活動」筑波大学茗渓会賞 受賞
・現在は一橋大学にて社会学を専攻しています
・HUG FOR_. ホームページにて月に一度のコラムを連載


