Prologue
HUG FOR_. が鎌倉でスタートを切ったのが2022年12月4日。早いもので1年と11カ月が過ぎました。縁もゆかりも薄い土地でのチャレンジは、鎌倉がもつ刻まれた歴史、新と旧が共存する文化、豊かな自然、季節と共に過ごす時間、魅力溢れる人々と、挙げ切れないくらい多くの恩恵を授かり、そして関わってきたすべてのアーティスト、地元や都内、全国各地から訪れる方々との展覧会の度に生まれる一期一会の出会いのおかげで、一歩一歩、一段一段、土壌を築き成長を遂げることができています。いつでもその感謝の気持ちを胸に本日もコラムを書き綴らせていただきたいと思います。
みなさま、こんにちは。
11月は多忙なためコラムをお休みするつもりでしたが、夜のひとときに気まぐれに更新しました。
2024年も残りわずか。
季節が移り変わり寒空は澄み渡り、少しずつ鎌倉の街並みは冬色に染まってきました。
間もなく師走の頃、街も気持ちもせわしくなりますが、お時間がある時によろしければご覧ください。
まず始めに、中学生以来の再会となった詩をひとつご紹介します。
「わたしを束ねないで」
"わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください
わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂
わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください
わたしは羽撃(はばたき)
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください
わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮うしお
ふちのない水
わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください
わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
わたしを区切らないで
,(コンマ)や .(ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください
わたしは終わりのない文章
川と同じにはてしなく流れていく
拡ひろがっていく 一行の詩 "
(詩:新川和江)
こちらは現代の日本を代表する詩人 新川和江さんの詩で、女性として生きる喜びや自由を伸びやかに詠んでいます。
子どもながらに記憶のどこか片隅にあったのでしょうか。先日の朝方、記憶にあった冒頭の一節を頼りにこの詩を探し読みました。近頃の足元や目の前のことに気を取られて緊縮していた私の気持ちが、この詩を再び引き寄せたのかもしれません。
例えば、自由への渇望をどのように感じ、何を想いますか?
今回のコラムは、この詩から繋がった過去に観た展示の記憶や想いを手繰り寄せて綴りました。
悲しみと共に
鎌倉駅には、西口と東口をつなぐ地下道の壁面をショーウィンドウにした市民ギャラリーがあります。
そこでは街の小中学生の美術作品や書道、高齢者の方の手仕事作品、行政からのお知らせなどが掲示されていて、私はこの微笑ましさ溢れる掲示をチェックするのが楽しみで、地下道を通る度に少しほっこりとした気持ちになっています。
そんな場所である夜に目にしたのは、性暴力被害を受けた女性たちが自ら撮影した日常の写真と、その思いを綴った言葉が組み合わされた作品でした。この展示は、ニューヨークを拠点に活動するフォトジャーナリスト、大藪順子さんが企画したものであり、彼女自身も性被害に遭い、同じ経験を持つ女性たちと共に活動しています。
展示されていた作品群はフィクションではなく、現実の女性たちが生きる証として、彼女たちの痛みや葛藤、そしてその中での生き抜く姿を淡々と伝えていました。
作品が放つ静かで重たい悲しみの中には、ひしひしと何かを訴えかける力がありました。
街中の地下道という、普段は地域の人々が集う温かい空間に突如として現れたその展示が、どのように受け止められるのかを冷静に考えると、確かに「平和な展示」という期待とは裏腹に、衝撃や困惑を呼び起こすかもしれません。
しかし展示の本質は、センセーショナルさや熱いメッセージに向けられたものではなく、ただただ女性たちの悲しみや苦しみが、耳を澄まさなければ分からないほど静かに表現されていた点であったと感じます。
彼女たちはどんな気持ちで言葉を紡ぎ、どんな気持ちで写真を撮ったのでしょうか。
その一つ一つに込められた「命を灯し生きる姿」を感じ取ることが、展示の本当の意味だったのではないかと思います。
そしてショーウィンドウは、いつもは感じない無機質で冷たさがありました。
その場所が持つ無骨で雑多な空気と、颯爽と私の後ろを通り過ぎていく人々の様子が展示の静けさと重さを一層際立たせていたのようにも思います。
その後、自宅で展示を振り返り、悲しみと共に生きる勇気、何かを伝えようとする女性たちの姿勢には、涙に濡れた時間を乗り越えようとする強さと、未来に向けた希望への望みが込められていたこと、そしてそれを私たちが受け止め尊重することが、あの展示が持っていた真のメッセージを理解する鍵なのかもしれないと思いを巡らせ、大藪さんと女性たちの勇気と主張に敬意を示し、心を落ち着かせ眠りました。
ヴァージニア・ウルフに魅せられて
"最愛のあなた
言っておきたいことは、あなたのおかげで私の人生は幸せだったということ。
あなたは私に対してとても忍耐強く、信じられないほどよくしてくれた。
誰もがわかっていることです。
もし誰かが私を救ってくれたのだとしたら、それは紛れもなくあなたでした。
あなたの優しさを確信する以外、もう私には何も残っていません。
これ以上あなたに甘えるわけにはいかない。
私たち以上に幸せになれるふたりはきっと他にはいないでしょう。"
(ヴァージニア・ウルフ )
この文は、言葉による情景描写に優れたイギリスの小説家、ヴァージニア・ウルフが夫のレナード・ウルフに向けて書いた、世界一美しいと言われている遺書の一文です。
ヴァージニア・ウルフは、作品において時代の枠を超えた深い人間理解と精緻な感覚表現で知られています。特に「意識の流れ手法」を用いた彼女の執筆スタイルは、登場人物の内面世界を鮮やかに描き出し、現実と感情、記憶が交錯する複雑な心象を繊細に表しています。
彼女の小説「波」もその典型的な例です。
「波」は、6人の登場人物を通して、幼少期から老年期に至るまでの人間の心の変遷を描いています。作品はまるで波のように、登場人物たちの個々の成長や人生の過程を静かに、しかし確実に寄せては返し流れていく様子を表現しており、その中で感じられる孤独や虚無、または解放感は時に詩的に語られています。章の合間に挟まれている詩的散文がまた情景に広がりをもたせ引き込まれてます。
ウルフの作品は、日常の何気ない瞬間が時に人生の重大な出来事に匹敵するような深みを持つところが、読み手に美しさと力強さを感じさせるように思います。
そして「波」に登場する3人の女性は、当時のイギリス社会で女性として生き抜くことの苦しみや喜び、社会的制約に直面する中での自己の確立を反映している見方もできます。
ウルフは、19世紀末から20世紀初頭のイギリス社会の女性たちの立場を深く考察しており、その生き様は作品において繰り返しテーマとなっています。彼女自身が男性優位の社会の中で教育を受け、制約された自由の中で生きた経験を作品にも映し出したのでしょう。
有名なエッセイ「女性のための部屋」(A Room of One's Own, 1929)では、女性が創作を行うためには経済的・社会的自由が必要であると訴えました。文学や芸術の世界で女性がいかに抑圧されているか、そしてそれを克服するためには独立した空間と時間が必要だということを論じています。
ウルフの作品を読むことは、彼女の心の葛藤や時代への批判、そして女性として生きることへの問いかけを考える時間につながるかもしれません。
今、自由を抱きしめて
今も昔もどの時代においても、国を越えて私たちの生活は社会、男女の関係、慣習と秩序、権利と自由という普遍的なテーマに囲まれています。これらのテーマに対する価値観は時代や場所によって異なるものの、どれも私たちが生きる上では重要な要素であり、それぞれの価値観に照らし合わせながら誰もが日々を生きています。
私自身の経験を振り返ると、20代から30代は、社会や会社で直面した出来事や問題を過度に複雑化し、時には簡単に諦めたり逃げ出したり、悔しさや、己のずるさ、後悔や悲しみの涙、そして失われた未来を実感したこともありました。多くの感情が絡み合い、迷いながら道を作ってきたように思います。
その度に、不器用なエネルギーを使い果たし、不格好に至らぬ自分に落胆しては、自分だけの輝きの中に閉じこもることもあります。しかし最終的にはどんな状況でも、自分自身で、自分一人で折り合いをつけなければなりません。そうして自分の中での折り合いをつけた数だけ解放と自由は生まれ、強さと優しさは育まれ、それらが後の自分を支える力となることが自然の摂理であると信じています。
自分なりの「自由」を手に入れるために、自分なりの生き方や価値観を見つけ、それを実行していきたいと思います。そして健全に湧き出るネガティブな感情や思考すらも歪めることなく、すべては地続きであると受け止め、苦闘や葛藤は時として私たちが歩むべき道を作り出し過去が今を形作り、今が未来を作ってゆくものだということを心に抱きしめながら、強く、優しく、どこ吹く風のように軽やかに、笑って、、、、いついつまでも今を自由に生きていきたいものです。
寒さが厳しくなってきました。どうぞご自愛ください。
※ギャラリーインフォメーションを以下に載せておきます。
<Information>
次の企画展は12月の常設展です。常設展と連動して、対話型鑑賞会を昼と夜の会とで開催します。詳しいご案内はインスタグラム、ホームページのニュースでお知らせいたします。
当コラムは月に1-2回程度、ギャラリーに関連する活動を軸に執筆しています。お気楽にお読みいただけますと幸いです。
文、写真:HUG FOR_. Eriko.O
Comments