COLUMN#15 - 静かな海に、種をまく-光降る場所と私に還る物語りのために
- HugFor
- 4月24日
- 読了時間: 9分
更新日:4月24日
それは、静かな入り江の底に沈んでいた、小さな種のよう
海の水は冷たく、時には濁り、波がその種を遠くへさらってしまいそうになることもありました
けれどその種は、じっと、そこで時を待っていた
嵐が過ぎ、潮が引き、陽の光がようやく差し込んだとき、誰にも見られず、声もあげず、それでも確かに、その種は芽を出しました
怒りも、痛みも、祈りも
すべてをこの胸に抱えたまま、静かに芽吹いたこの種が、やがて波間を渡り、
失くさぬようにあなたに届くことを願って / Aoe, E.Okuyama
こんにちは。早いもので間もなく五月。手帳のページには夏、秋、冬、そして来年の予定までが少しずつ埋まり始め、時の流れの速さをまざまざと感じていますが皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
さて、先日1周年を迎えたコラムの第15稿目は、少し長くなってしまうかもしれませんが、私にとってはとても大切なご報告の回となります。
2024年の1月頃からぼんやりと構想を温め、そして1年以上の時間をかけて、ようやく輪郭が見えてきたいま、「Arts and Creative Studio Aoe(アオエ)」という、女性アーティストやクリエイターが持つ個性や魅力を引き出し、その活動を通して多くの人々の新たな一歩や原動力を育みながら、共に成長と循環を目指すプロジェクトを立ち上げました。
これは、夢や尊いビジョンといった目に見える華やかさはなく、私自身が社会の荒波で感じてきた“違和感”や“怒り”から生まれた、光と影が見え隠れするプロジェクトです。(本文最後にプロジェクトイメージがあるので関心ありましたら合わせてご覧ください)
これまで私はギャラリーのオーナーとしてアートに関わり、作品と人、場と想いをつなぐ活動をしてきましたが、「Aoe」はそれとはまた異なる、起業家としての新たなチャレンジでもあります。今日はその想いや経緯、プロジェクトについて少し綴らせていただきたいと思います。
また偶然にも、最近読んだ日本の哲学者 三木 清の書籍「人生論ノート」で説かれていた”怒り”に対する思考に触れたり、HUG FOR_.にて5月10日から始まる庄島歩音さんの個展「あける」のステイトメントにも“怒り”という言葉が登場していました。改めて自分の中にある怒りと静かに向き合いながら、それがどう変化し、原動力となっていったかを、今こそ書き留めておきたいと思いました。心を寄せてお読みいただけると嬉しいです。

たじろぎに向き合う時
23歳の4月に社会人になってからこれまでの日々、公私共にいくつもの違和感や葛藤がありました。誰もが社会で生きていれば感じる理不尽な社会の人間関係、感情を置き去りにした働き方、同調、思考停止、他人の期待に応えることばかりに忙殺され、自分の声が聞こえなくなっていくような感覚、精神が蝕まれていくような感覚を幾度も感じてきました。
それは一度のセンセーショナルな出来事というよりは、火傷の痕が残るように、薄れることはあっても決して消えることないシミのように、時間をかけてじわじわと深く刻まれていきました。
特に女性として日常的に直面するのは、目には見えづらいけれど確かに存在する圧力や偏見、自分の意思とは関係なく、性的なまなざしの中に投げ込まれたり、ただ存在しているだけで境界を踏み越えられるような、やり場のない経験でした。
怒りや戸惑いは寄せては返し、尊厳や権利を正当に伝えることさえ難しい社会の空気の中で、境界線を守ろうとするだけで肩身が狭くなり、声をあげても「気にしすぎ」と処理される。自分の中にある大切な感覚を理解されず軽んじられ、痛みを伴う日々が当たり前でした。
だから自分が自分でなくならないために、必死で知恵や強さを身につけてきました。
しかしある出来事をきっかけに、Aoeの構想に影響する、より深い痛みや葛藤として私の中に根づいた体験がありました。ここで言葉にするにはまだ少し勇気が要るけれど、ただひとつ言えるのは、それは個人の問題ではなく、社会構造の中に潜む複雑さや、無理解によって生まれたいつくもの傷であったということです。
どこかに「がんばりたい、誰かが助けてくれる」という思いもありました。でも実際は、声をあげることは想像よりも難しく、声をあげてもあげきることができない。そのもどかしさと、不甲斐なさ、底知れない自分の無力感が追い打ちをかけるかのようで苦悩しました。
どこか自分だけが取り残されていくような孤独を感じる時間もありました。それでも、そんな社会や世の中の側面を迎合できるほど器用さはなく、むしろそうなることへの恐怖もあり、ある種の強迫観念のように頑なに心だけは抗っていました。
ただ怒りは溢れてきても、憎しみは抱きたくなかった。
そして何よりも自分の経験を笑い話にしたり、過去のこととして、あるいは「なかったこと」にしたくなかったのだと思います。
なぜなら、私は一生、私のまま。これから先も、私の人生はこの心と体で生きていくのだから、嘘をつかず誤魔化さず、一つ一つの気持ちや選択に向き合い、納得したものにしたかったのです。
それでも今でもふと、同様に耳に残る小さな、無邪気な言葉がチクチクと刺さることがあります。まるでこれまでの自身の努力や選択が「たまたまの条件」だったかのように片づけられてしまう。その度に、胸の奥がじりじりと痛みます。なぜだかチクチクと心に何かが刺さるのです。
どうしてこの世界は美しく、あたたかく、世知がなく、厳しく、なんて無理解で冷たいのでしょうか。
でもだからこそ人は支え支えられ生きている。
同時にどこまでいっても、どんなに美しい世界であれ汚い世界であっても、頼りになるのは、信じられるのは揺るがない自分であることも知っています。
私たちはもっと多様で複雑な背景と意志を持って生きている。そんな当たり前のことが、なぜこんなにも伝わりづらいのか。その怒りが「Aoe」の出発点でもありました。
怒りを、みずみずしく力に変えて
アートは私にとって人が言葉にできない微妙な感情やゆらぎを静かに見つめ、そして誰かに届けられる存在です。
それは悦びや愛だけでなく、悲しみも、怒りも、悔しさも、痛みも、そして小さな願いも、アートの中ではすべて寛容な形で受け止められ、静かに誰かと共有されます。それは瞬発力があるものから、じわじわと何年も時間が経過してから芽生えるものもあるでしょう。
その不思議な、でも確かに人の心に宿る力を、現実に痛みや思いや葛藤を抱える人や社会に届け、共鳴やエールを生み出す陽だまりのような場所が生まれ巡ること心のどこかで求め始めました。
これが私の怒りの先にあるものです。
怒りは、壊すだけの感情じゃない。隠すべき、押し殺すべき感情でもない。ちゃんと向き合えば、それは何かを生み出す確かな力になる。
悲しくても、悔しくても、弱音を吐いてもいい。それを大切に抱えて、誰かと分かち合って、また前に進めばいい。Aoeは、そんな“まっすぐな感情”を否定せずにいられる自由で伸びやかな場所でありたいとも願っています。
そしてプロジェクトの重要な価値観として、競争ではなく共鳴を、分断ではなく共感を、固定概念ではなく可能性を追求していきたい。性別や肩書き、ライフスタイルに縛られることなく、「その人らしくあること」に光を当てたい。誰かの評価や偏見ではなく、自分が納得できる生き方を選んでいけるフェアな社会が少しずつでも広がればと思います。
美しく自生し、共生する。根底でつながる、ひとすじの糸
このような想いで活動してゆくプロジェクトの収益の一部は、神奈川県内のDVシェルター、母子生活支援センター、女性支援団体などへ還元していく仕組みを整えています。「声をあげづらい」「環境が整っていない」、そんな状況の中にいる人たちに、直接のコミュニケーションが叶わなくとも、根底でつながり、エールを送る存在がいることを認識してもらうことで、少しの希望を見出せるのではという期待を込めています。こういった施設はプライバシー保護のため情報が表面化されにくくその分支援も届きにくい現状があります。仕組み化するためにまだ構想段階の部分も多く、時間をかけて丁寧にリサーチを重ねながら、この循環を徐々に形にしていきたいと思っています。
これまでこのプロジェクトについて、具体的な活動として前に進めず、いたずらに時間だけが過ぎていました。
そのことを自分の弱さや勇気のなさ、あるいは躊躇いだと思っていました。自分が一歩前に出て何かを主張することや声高に何かを叫ぶことが得意ではないこともあり、慎重になっていました。でも今こうして振り返ってみると、きっとこのタイミングを待っていたのかもしれません。
すぐに言葉にできなかった分、じっくりと心の中で種を蒔いていたのだと思います。だからこそ、いま「Aoe」のスタートを、こうして自分の言葉でお伝えできることに、大きな意味があると感じています。
この新たな取り組みを、自分自身に対しても、そして応援してくださる皆さまに対しても、これから真摯に伝えていけたらと思っています。そして今、この場所からいま、わたし自身の物語りを始めていこうと思います。まだまだ具体的なところにたどり着いていないものの、まだ見ぬ出会いと展開を楽しみにしています。
怒りも、祈りも、過去も、希望も すべてを抱えて、それでも優しく前を向き自立する力と共生する優しさを育んでいく。Aoeという名の静かな灯りが、まだ見ぬ誰かの心にそっと触れることを願って。
Aoe Statement
鎌倉市でアート事業をスタートして3年目を迎えた2025年1月、新たなプロジェクト「Arts and Creative Studio Aoe」を立ち上げました。このプロジェクトは、女性アーティストやクリエイターが持つ個性や魅力を最大限に引き出 し、その活動を通して多くの人々の新たな一歩や原動力を育み、共に成長していくことを目指します。
Aoeは、現代社会を生きる女性たちの内面的な美しさを尊重しながら、地域、企業、教育、医療福祉といった多彩な 領域とのパートナーシップによって、競争ではなく共鳴を、分断ではなく共感を、固定概念ではなく可能性を追求します。 そしてその強い意思をしなやかに社会へとアピールすることで生まれる価値は、活気と勇気が溢れ情熱を消さずに暮ら し支え合う地域社会、自分らしい人生をデザインするための自律性、自身が納得する生き方を選択したいと願う女性と すべての人に向けた直向きなエールです。 Aoeが架け橋となり届けるアートとクリエイティビティは、人々のポジティブな感情を引き出し、それらが社会全体に 広がる循環性を大切にします。それは単なる作品や表現活動、体験の提供に留まらず、未来への道しるべとして明るい 光と豊かな可能性を含んだ、次なるステージに進む力の種です。心を癒し、励まし、そして唯一無二の存在感を放ちな がら社会全体と響き合うピースフルな取り組みを探求していきます。
*本プロジェクトを進めながら、プロジェクトの収益の一部が神奈川県を始め全国に点在する母子生活支援センターや女性支援団体に還元 できるスキームを構築していきます。プロジェクトの方針に共感をもってくださった企業の皆さまとの協働、協賛、ご協力を承ります。


当コラムは月に1-2回程度、ギャラリーに関連する活動を軸に執筆しています。お気楽にお読みいただけますと幸いです。
文、写真:HUG FOR_. Eriko.O
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